会計基準ナレッジ

金融商品会計の全体像|日本基準・IFRS・US GAAP で何が違うか

日本基準(企業会計基準第10号)・IFRS 9・US GAAP の3基準を横断比較。分類軸・減損モデル・認識中止アプローチ・ヘッジ有効性評価の設計思想の根本的差異と収斂点を整理し、10ピラーへの読者ナビを提供する比較ハブ記事。

金融商品会計の全体像|日本基準・IFRS・US GAAP で何が違うか

IFRS 子会社を持つ日本の親会社の経理担当者が、連結パッケージの作成に際して最初につまずく問いがある。「日本基準と IFRS 9 では、そもそも金融資産の分類のしかたが違うのか」「減損モデルが違うとは聞いているが、具体的にどれだけ異なるのか」「認識中止の考え方は3基準でそれぞれ違うと聞いたが、どう整理すればよいか」。

金融商品会計は、現代の企業活動において中枢を占めながら、3基準(日本基準・IFRS・US GAAP)の設計思想が根本から異なる数少ない領域である。表面的な処理の違いを追いかけるだけでは、グループ連結調整や財務分析で判断を誤るリスクがある。

本記事は、金融商品会計を10の論点(ピラー)に分解して深掘りする記事群への入口ハブとして設計している。各論点の処理詳細は各ピラーへ委任し、本記事では「3基準が何を重視し、どこが収斂でどこが分岐しているか」という設計思想レベルの地図を示す。比較表を先に眺め、「自分はどのピラーから読むか」を選んでから各論へ進んでほしい。

金融商品のフロー形式・マップ形式のインタラクティブ全体地図は fi-flow(フロー形式)fi-map(マップ形式) から確認できる。


§1 まず結論:3基準の設計思想の対比表

金融商品会計における3基準の設計思想を7つの対比軸で整理する。

対比軸日本基準(企業会計基準第10号)IFRS 9US GAAP収斂 or 差異
分類の主軸保有目的(売買目的・満期保有・その他有価証券・子会社株式等)ビジネスモデル + SPPI(元本及び利息のみのキャッシュフロー)商品種別(ASC 320/321 等による種別管理)差異
減損モデル発生損失ベースの算定(第27・28項に基づく貸倒見積高の区分別算定。業界では一般に「発生損失モデル」と呼称)ECL・3ステージ(SICR トリガーで12ヶ月 ECL → 生涯 ECL)(IFRS 9 第5.5節)CECL・単一バケット(初日から生涯期待損失を一括計上)(ASC 326)差異
認識中止のアプローチ財務構成要素アプローチ(支配の移転3要件:法的保全・権利享受・買戻義務不在)(第8・9項)リスクと経済価値の移転アプローチ(第3.2節)財務要素アプローチ(売却3要件)(ASC 860)差異
ヘッジ有効性評価80-125%の継続的確認(移管指針第9号の関連規定)定性・経済的関係ベース(数量基準廃止)(IFRS 9 第6.4.1項)highly effective(実務上80-125%)(ASC 815)差異(IFRS 9 が最も柔軟)
公正価値測定3レベルヒエラルキー(企業会計基準第30号)3レベルヒエラルキー(IFRS 13)3レベルヒエラルキー(ASC 820)収斂(残存差異は Day 1損益・NAV等に限定)
実効金利法採用(移管指針第9号 第70項)採用(IFRS 9 第5.4節)採用(ASC 310-20 等)収斂
デリバティブ全件公正価値測定採用(第25項)採用採用収斂

(企業会計基準第10号・移管指針第9号・IFRS 9・IAS 32・ASC 各コディフィケーションをもとに整理。「発生損失モデル」は複数の大手監査法人の解説で一般に用いられる呼称であり、本記事もこれに従う(出典は frontmatter 参照)。)

収斂している論点(公正価値測定の3レベルヒエラルキー・実効金利法・デリバティブ全件公正価値測定)は、2000年代以降の FASB/IASB コンバージェンスプロジェクトの成果として、3基準が同じ方向に収束したものである。一方、分類軸・減損モデル・認識中止アプローチの3点は、各基準設定主体の問題意識の違いを反映した重要な差異として残っている。

読者別の活用方針

読者この比較表の使い方
複数基準適用グループの経理・財務担当者「差異」行に着目する。分類・減損・認識中止の設計思想差が連結調整の主要論点。詳細は各ピラーへ。
財務分析者・投資家「差異」行が財務数値(P&L の損失認識時期・資産・負債の測定額)に影響する。特に減損(#6)・分類(#2)・開示(#10)が数値分析の鍵。
監査人・会計士「収斂」行は各基準の同一性を確認。「差異」行に対して基準別の根拠条文を確認し、各ピラーへ。

各行の詳細は §3 の10ピラー一覧から該当ノードへ進んでほしい。


§2 3基準が生まれた背景:共通の問題意識と枝分かれ

共通の出発点:金融商品の複雑化への対応

1980〜90年代、金融市場の急速な発展に伴い、企業が保有・発行する金融商品の種類と複雑さが飛躍的に増した。デリバティブ、複合金融商品、証券化商品が広く普及し、旧来の取得原価基準では「経済実態が財務諸表に反映されない」という批判が各国で起きた。この問題意識が、日本基準・IFRS・US GAAP の金融商品会計基準を形作った共通の出発点である。

経済実態層から見ると、金融商品は「将来のキャッシュフローに対する請求権・義務」を表している。その価値は市場環境や相手方の信用状況によって時々刻々変化するため、過去の取引価格(取得原価)だけでは読者に正確な情報を伝えられない。この認識は3基準共通だが、「どの程度・どの方法で公正価値を反映するか」という解決アプローチが分岐した。

日本基準の設計思想:段階的な国際化と規制親和性

企業会計基準第10号(1999年制定)は、日本の金融実務が戦後長らく依拠してきた「取得原価主義」を段階的に改め、デリバティブや売買目的有価証券について時価評価を導入するものだった。

日本基準の特徴は「保有目的による分類」という設計軸にある。投資家・経営者が金融資産をどの目的で保有するかという意図に基づき、売買目的・満期保有・その他有価証券・子会社株式等を区分し、それぞれ異なる測定・表示を適用する(第15〜18項)。この設計は、規制当局・銀行業界が長年慣れ親しんだ実務の枠組みを維持しながら国際化を進めるという現実的な判断を反映している。

「一般的に指摘される特徴として」、日本基準は規制親和的・コスト志向の設計であると言われることが多い。ただし、デリバティブの全件時価測定(第25項)等、経済実態に即した規定も含まれており、単純な「コスト基準」とは言えない。

IFRS 9 の設計思想:IAS 39 の複雑さへの反省

IFRS 9 は、前身の IAS 39「金融商品:認識及び測定」(1998年導入)への批判を直接の出発点とする。IAS 39 は、取引の性質に応じて「売買目的・売却可能・満期保有・貸付金及び債権」という4区分を定めていたが、この分類は判断余地が大きく、企業間・企業内の恣意的な分類変更(リクラシフィケーション)を可能にしていた。

2008〜09年の金融危機を経て、IASB は IAS 39 の抜本的な見直しに着手した。結果として生まれた IFRS 9(2014年最終版、2018年強制適用)は、「ビジネスモデル(保有の経営目的)+ SPPI(キャッシュフロー特性)」という2軸で分類を決定する仕組みを採用した。保有意図という主観的要素より、実際の管理の仕組みとキャッシュフロー特性という客観的な要素を分類の基礎に据えることで、恣意性を排除しようとした。

一般的に「原則ベース(principles-based)」と特徴付けられることが多い IFRS の性格は、ビジネスモデル判定に判断が介在するという IFRS 9 の構造にも表れている。ただし IFRS 9 は SPPI テストのような規則的な要件も含んでおり、純粋な原則ベースとは言えない側面もある。

減損についても、IFRS の前身である IAS 39 が損失発生の客観的証拠(objective evidence)を要求する発生損失方式を採っていたことが「too little, too late」という批判を受けた(日本基準の現行方式とは制度的背景が異なる点に留意)。金融危機での信用損失の急拡大に際し、発生の証拠を待ってから損失を計上する仕組みでは対応が遅すぎると判断され、予測的な期待信用損失(ECL)モデルへと転換した。

US GAAP の設計思想:商品種別管理と CECL

一般的に「規則ベース(rules-based)」と特徴付けられることが多い US GAAP は、金融商品を商品種別ごとに別々の ASC トピックで管理する設計を取る。ASC 320(負債証券)・ASC 321(持分証券)・ASC 326(信用損失)・ASC 815(デリバティブ・ヘッジ)・ASC 860(金融資産の移転)が、それぞれ独立した規定として体系化されている。この商品種別管理の設計は、米国の実務コミュニティが詳細な規則の明確性を好む伝統と、銀行・証券・保険という異なる業種規制の歴史的な積み重ねを反映している。

減損については、FASB も IFRS と同様に「too little, too late」批判を受けて改革に踏み切った(ASU 2016-13、CECL)。ただし FASB は IFRS 9 の3ステージ方式とは異なり、初日から生涯期待損失を単一バケットで計上するという設計を選択した。信用状況の悪化段階で測定方法を切り替える IFRS 9 の3ステージ方式より、シンプルで一貫した損失計上を求めるという方向性の違いがここに現れている。


§3 10ノードで何をカバーするか:全体地図

金融商品会計の論点群は10のピラーに分解されている。各ピラーは独立した記事として処理・判定の詳細を扱い、本記事はその前段の設計思想対比と読者ナビを担う。

インタラクティブな全体地図は fi-flow(フロー形式)fi-map(マップ形式) で確認できる。テキストの全体像については以下の一覧から。

10ピラー一覧

#論点対応する比較表の対比軸ピラーへのリンク
1金融商品の範囲・当初認識分類の主軸(前段:何が金融商品に該当するか)#1 へ
2金融資産の分類・測定分類の主軸(SPPI・ビジネスモデル判定の詳細)#2 へ
3金融負債の分類・測定分類の主軸(負債側:FVO・固有信用リスク)#3 へ
4償却原価・実効金利・条件変更実効金利法(収斂)・条件変更判定(差異)#4 へ
5公正価値測定公正価値測定(収斂・残存差異)#5 へ
6減損 ECL/CECL減損モデル(3基準で最大の差異)#6 へ
7デリバティブ・組込デリバティブデリバティブ全件公正価値(収斂)・組込デリバティブ(差異)#7 へ
8ヘッジ会計ヘッジ有効性評価(差異)#8 へ
9認識中止・移転・継続的関与認識中止のアプローチ(3基準で差異)#9 へ
10表示・相殺・開示相殺表示の要件差・開示粒度差#10 へ

読者タイプ別の進め方

複数基準適用グループの経理・財務担当者は、本記事で全体設計思想を把握した後、まず #1 金融商品の範囲・当初認識 から始め、自社で論点となっている領域(分類→#2/#3、減損→#6、ヘッジ→#7/#8、認識中止→#9)へ進むことを推奨する。

財務分析者・投資家は、財務数値(P&L・BSの金額)への影響が大きい #2 金融資産の分類・測定#6 減損 ECL/CECL、および各社の注記差異を理解する #10 表示・相殺・開示 が優先度高い。

ヘッジ・デリバティブ担当者#7 デリバティブ・組込デリバティブ#8 ヘッジ会計 へ。認識中止・移転の実務担当者(証券化・レポ・貸付債権の移転等)は #9 認識中止・移転・継続的関与 へ。


§4 論点別:3基準の設計思想の違い

以下では、§1 の比較表における各対比軸を設計思想レベルで掘り下げる。処理の詳細は各ピラーへ委任し、本節では「なぜ3基準がこの設計を選んだか」という接続層に焦点を当てる。

§4-1 分類・測定の枠組み

金融資産をどう分類し、どの測定基礎(公正価値 or 償却原価)を適用するかは、金融商品会計の骨格をなす論点である。3基準の分類軸の根本的な違いを以下に整理する。

日本基準(企業会計基準第10号 第15〜18項)は、保有目的による分類を採用する。売買目的有価証券・満期保有目的債券・子会社株式及び関連会社株式・その他有価証券という区分は、投資家・経営者が「なぜその資産を持つか」という意図に基づいている。設計思想として「同じ資産でも保有目的が異なれば会計処理も異なって当然」という考え方がある。この分類は、実務担当者が馴染みやすいという利点がある一方、目的の変更(リクラシフィケーション)の余地を持つという批判も受けてきた。

IFRS 9(第4章)は、ビジネスモデル + SPPI という2軸で分類を決定する。ビジネスモデルとは、企業が金融資産ポートフォリオをどのように管理するかという経営の仕組み(「キャッシュフロー回収のみ」「回収と売却の両方」「その他」)を指し、保有意図という主観的要素とは区別される。SPPI(Solely Payments of Principal and Interest)は、資産から生じるキャッシュフローが元本と利息の支払いのみで構成されているかを問うキャッシュフロー特性テストである。

なぜ IFRS はビジネスモデル+SPPI を選んだのか。接続層から見ると、「金融資産の経済的価値はキャッシュフロー特性と管理の仕組みによって決まる」という考え方に基づいている。IAS 39 の保有目的分類が生んだ恣意的なリクラシフィケーションの問題を、管理の仕組みという客観的な事実に分類の基礎を移すことで解消しようとしたのである。詳細な判定手順は #2 金融資産の分類・測定 へ。

US GAAP は、商品の種別ごとに別々の ASC トピックを適用する設計をとる。負債証券は ASC 320(HTM・AFS・Trading の3区分)、持分証券は ASC 321(原則として公正価値測定)、ローン・債権は別途 ASC 310 系に依拠する。この商品種別管理は「同じ金融商品でも規制環境・業種によって取扱いが異なって当然」という規制親和的な設計思想を反映している。一般的に規則ベースと特徴付けられることが多い US GAAP の性格は、この種別管理の複雑さにも現れている。詳細は #2 金融資産の分類・測定 および #3 金融負債の分類・測定 へ。

なお、金融負債の分類・測定については、日本基準が FVO(公正価値オプション)を持たず固有信用リスク(own credit risk)の扱いもない点など、資産側とは異なる論点が存在する。詳細は #3 金融負債の分類・測定 に委任する。


§4-2 減損モデル

3基準の設計思想の差異が最も鮮明に現れるのが減損モデルである。損失をいつ・どのように認識するかという判断が、企業の P&L に直接影響する。

日本基準(企業会計基準第10号 第27・28項)は、債権を一般債権・貸倒懸念債権・破産更生債権等に区分し、それぞれ過去実績率等に基づく合理的な方法で貸倒見積高を算定する。複数の大手監査法人の解説では一般にこの方式を「発生損失モデル」と呼称しており、既に発生した信用損失(または発生が高い確度で見込まれる損失)を認識する設計である。本記事もこの呼称に従う。

IFRS 9(第5.5節)は、ECL(期待信用損失)・3ステージモデルを採用する。信用リスクの悪化程度に応じて3つのステージに区分し、ステージ1(当初認識後に信用リスクが著しく増大していない)では12ヶ月 ECL、ステージ2(著しい信用リスクの増大 = SICR が生じた)・ステージ3(信用減損が生じた)では生涯 ECL を適用する。IAS 39 の「損失が発生した証拠」を待つ設計から、将来の予測情報を織り込んだ期待損失への転換が IFRS 9 の核心である。

US GAAP(ASC 326, CECL)は、単一バケット・初日から生涯損失という設計を選択した。金融資産の当初認識時点から、その資産の全保有期間にわたる期待信用損失を一括計上する。IFRS 9 のように信用状況の変化でステージを切り替える仕組みはなく、初日から生涯損失を見積もるシンプルな構造である。FASB がこの設計を選んだ背景には、「信用リスクは当初認識時から存在しており、悪化を待って損失を計上するのは不合理」という問題意識がある。

接続層として見ると、3ステージ(IFRS)と単一バケット(CECL)の設計の差は「損失認識のトリガーをどこに置くか」という問いへの異なる回答である。IFRS 9 は「信用悪化を検知した時点で生涯損失に切り替える」ことで段階的な精度向上を図り、CECL は「最初から生涯損失を計上する」ことで認識の前倒しを徹底した。どちらが「厳しい」かは状況次第であり、保有ポートフォリオの性質・景気局面によって結論が変わりうる(§4b 誤解1参照)。

詳細な3ステージの判定・SICR の評価・CECL の計算手法については #6 減損 ECL/CECL へ。


§4-3 認識中止の設計

金融資産を貸借対照表から外す(認識中止する)条件は、3基準でそれぞれ異なるアプローチが採用されている。この違いは証券化・レポ・ファクタリング等の取引で直接的な会計処理の差異をもたらす。

日本基準(企業会計基準第10号 第8・9項)は、財務構成要素アプローチに基づく。金融資産を「財務構成要素」(将来キャッシュフローに対する権利や義務等)として把握し、支配が他に移転した構成要素を消滅させるという設計である。具体的には、①譲渡された金融資産の契約上の権利を行使した、②権利を喪失した、または③支配が他に移転したとき(第8項)に消滅要件が満たされる。支配の移転の判断は、「(1)法律上の保全」「(2)被譲渡人が権利を享受できる」「(3)買戻しの義務や権利がない」という3要件(第9項)で行う。

IFRS 9(第3.2節)は、リスクと経済価値の移転アプローチを採用する。金融資産のリスクと経済価値が実質的にすべて移転した場合は認識を中止し、実質的にすべて保持した場合は認識を継続する。リスクと経済価値が移転も保持もされていない場合は「継続的関与」の概念を用いて評価する。日本基準の「財務構成要素アプローチ」とは設計の起点が異なる点に注意が必要である。

US GAAP(ASC 860)は、財務要素アプローチ(financial-components approach)を採用する。移転された資産が「売却」に該当するかを判定するための「売却3要件」を中心に構成されており、これらを満たさない場合は担保付き借入として処理する。IFRS 9 のリスク・経済価値アプローチとは設計の切り口が異なる。

接続層として見ると、3基準のアプローチの差異は「金融資産の認識中止という経済現象を何で捉えるか」という問いへの異なる回答である。日本基準は「支配」という法的性格の強い概念、IFRS 9 は「リスク・経済価値」という経済的実質、US GAAP は「財務要素」という複合的な判断基準——という選択の違いが3基準の設計を分けている。詳細な判定手順・継続的関与の会計・セービシング資産については #9 認識中止・移転・継続的関与 へ。


§4-4 デリバティブとヘッジ会計

デリバティブの測定については、3基準とも全件公正価値測定を採用しており、この点は重要な収斂点である(企業会計基準第10号 第25項・IFRS 9 対応規定・ASC 815)。ヘッジ指定のないデリバティブは当期損益に計上される点も共通している。

一方、ヘッジ有効性評価については3基準で重要な差異がある。

日本基準(移管指針第9号の関連規定)は、ヘッジが高度に有効であり続けることを継続的に確認することを求め、実務上「80-125%の範囲内」という定量的基準が広く用いられている。

US GAAP(ASC 815)も「highly effective」という概念を有効性の基準に置き、実務上同様に「80-125%の範囲内」という定量的な目安が使われることが多い(ASU 2017-12 以降、一部要件が緩和されているが定量基準は残る)。

IFRS 9(第6.4.1項)は、2013年以降の改訂によって定量的な有効性テスト(80-125%)を廃止し、代わりにヘッジ関係に「経済的関係」「信用リスクが支配的でない」「ヘッジ比率が実際の保有数量と整合している」という3条件を求める定性ベースの評価に移行した。

なぜ IFRS 9 は定量テストを廃止したのか。接続層として見ると、80-125%という数値が経済的関係の代理指標に過ぎず、「基準に合わせてヘッジ比率を調整する」という機械的な対応を招いていたことへの批判がある。ヘッジ関係の経済的実質を問う設計に転換することで、より実態に即したヘッジ会計の適用を図った。

組込デリバティブの分離要否については3基準で差異があり、詳細は #7 デリバティブ・組込デリバティブ へ。ヘッジのドキュメンテーション・適格要件・ヘッジ指定の詳細は #8 ヘッジ会計 へ。


§4-5 公正価値測定と実効金利法(収斂点)

公正価値測定については、3基準とも「出口価格(市場参加者間の秩序ある取引における受取価格または支払価格)」と「3レベルヒエラルキー(Level 1: 活発な市場の相場価格 / Level 2: 観察可能なインプット / Level 3: 観察不能なインプット)」という枠組みで収斂している。この収斂は、FASB/IASB が共同で進めた公正価値測定プロジェクト(ASU 2011-04・IFRS 13)の成果であり、企業会計基準第30号もこの枠組みを取り込んでいる。

ただし、残存差異は存在する。Day 1損益(取引日に認識する損益)の取扱い、NAV 簡便法の適用範囲、開示の細部については基準間で差異がある。これらの詳細は #5 公正価値測定 へ委任する。

実効金利法(利息法)についても、3基準とも償却原価区分の金融資産・負債に適用し、実効利子率でキャッシュフローを割り引いて利息収益・費用を認識するという基本構造は共通している(移管指針第9号 第70項・IFRS 9 第5.4節・ASC 310-20 等)。この収斂も、基準設定主体間の協調の成果と言えよう。実効金利法の計算詳細・条件変更発生時の判定(10%テスト)については #4 償却原価・実効金利・条件変更 へ。


§4-6 表示・開示

相殺表示については、IAS 32(第42項)と ASC 210-20 で要件の設計に差異がある。IAS 32 は「法律上の相殺する権利」と「純額決済の意図(または同時決済)」の2要件を求める。ASC 210-20 は相殺の要件を基礎としつつ、マスターネッティング契約下のデリバティブ等では純額表示の特例を設けており、IAS 32 とは要件設計が異なる(どちらが一律に厳格というわけではなく、場面によって純額表示の可否が分かれる)。日本基準(移管指針第9号 第140項)も独自の3条件を定めている。詳細は #10 表示・相殺・開示 へ。

開示の粒度については、IFRS 7(IFRS 側の開示基準)と ASC 825(US GAAP 側の開示基準)でも要求水準に差異がある。詳細は #10 表示・相殺・開示 へ。

3基準が混在するグループ企業の確認観点(枠のみ)として:まず各グループ企業の適用基準を特定し(有価証券報告書・連結パッケージの「適用会計基準」欄)、設計思想差に起因する主要な連結調整論点(分類差異→分類の主軸の3基準差・減損モデル差→発生損失 vs ECL vs CECL・認識中止差→3アプローチの違い)を特定した上で、各ピラー(#1〜#10)の詳細で個別論点を確認することを推奨する。


§4b よくある誤解

誤解1:「IFRS 9 の3ステージモデルは CECL より厳しい」

3ステージ(IFRS 9)と単一バケット(CECL)は「より厳しい」「より緩い」という一次元の軸では比較できない。IFRS 9 は信用状況が悪化したタイミングで生涯損失に移行するため、信用悪化の初期段階では CECL より損失計上が小さいが、悪化後は即座に生涯 ECL を要求する。CECL は初日から生涯損失を要求するため、貸出当初の損失計上は IFRS 9 より大きい。「どちらが厳しいか」は保有ポートフォリオの性質・信用サイクルの段階・測定時点によって異なる。設計の方向性が異なる2つのモデルとして理解することが重要である。詳細は #6 減損 ECL/CECL へ。

誤解2:「日本基準はデリバティブを認識しない」

現行の企業会計基準第10号は第25項でデリバティブの時価測定を明確に規定しており、デリバティブは全件公正価値で貸借対照表に計上される。この点は IFRS 9・US GAAP(ASC 815)と共通する収斂点であり、「日本基準はデリバティブを認識しない」という理解は誤りである。実務上の要注意点は組込デリバティブの分離要否判断(#7 デリバティブ・組込デリバティブ)にある。

誤解3:「3基準は収斂が進んでいるから実質的な差異は小さい」

実効金利法・公正価値の3レベルヒエラルキー・デリバティブの全件公正価値測定については収斂しているが、分類軸・減損モデル・認識中止のアプローチという3つの根幹論点は設計思想から根本的に異なる。グループ連結調整や財務分析において、この3論点の差異は財務数値(損失の認識時期・資産の測定額・オフバランスの可否)に直接影響する重要な差異として残っている。「収斂した部分」と「根本的に分岐している部分」を区別して認識することが実務上の判断精度を上げる。

誤解4:「IFRS 9 の原則ベースは US GAAP より判断が少なくて楽だ」

一般的に「原則ベース」と特徴付けられることが多い IFRS 9 は、ビジネスモデルの判定・SPPI テストの適用・SICR(著しい信用リスクの増大)の判断など、多くの場面でマネジメントの判断を求める。「判断余地が広い」ことは「楽」ではなく、「判断根拠の適切な記録(証跡)と整合性確保が必要」を意味する。実務上は IFRS 9 適用企業の方が、判断の根拠を明示・文書化する負担が大きくなる場面がある。


§5 次のステップ:どのノードから読むか

読者タイプ別ナビ

読者タイプ推奨ルート
複数基準適用グループの経理・財務担当者本記事(全体設計思想の把握)→ #1 範囲・当初認識 → 自社の論点に応じて #2〜#10
財務分析者・投資家本記事 → #2 金融資産の分類・測定#6 減損 ECL/CECL#10 表示・相殺・開示
ヘッジ・デリバティブ担当者本記事 → #7 デリバティブ・組込デリバティブ#8 ヘッジ会計
認識中止・移転の実務担当者本記事 → #9 認識中止・移転・継続的関与
監査人・会計士(3基準比較の場面)本記事(§1 比較表)→ 論点ごとに該当ピラーへ / 全体地図は fi-flow または fi-map

次に読むノードの選び方

本記事(設計思想の全体像)を読み終えた

Q1: 「自社の取引が金融商品に該当するか・最初にどこで認識するか」を知りたい?
  → YES: #1 financial-instruments-scope-initial-recognition
  → NO: Q2 へ

Q2: 「金融資産の分類詳細(SPPI テスト・ビジネスモデル判定)」を知りたい?
  → YES: #2 ifrs-9-asset-part-2
  → NO: Q3 へ

Q3: 「金融負債の分類・測定(FVO・固有信用リスク)」を知りたい?
  → YES: #3 financial-liabilities-classification-measurement
  → NO: Q4 へ

Q4: 「実効金利法の計算・条件変更の判定(10%テスト)」を知りたい?
  → YES: #4 amortized-cost-effective-interest-modification
  → NO: Q5 へ

Q5: 「公正価値測定の詳細(Level 判定・Day 1損益)」を知りたい?
  → YES: #5 asc-820-fair-value
  → NO: Q6 へ

Q6: 「ECL/CECL(信用損失)の算定モデル詳細」を知りたい?
  → YES: #6 ecl-cecl-comparison
  → NO: Q7 へ

Q7: 「デリバティブ・組込デリバティブの詳細」を知りたい?
  → YES: #7 asc-815-derivatives-hedge
  → NO: Q8 へ

Q8: 「ヘッジ会計の適格要件・有効性評価の詳細」を知りたい?
  → YES: #8 ifrs-9-hedge-part-1
  → NO: Q9 へ

Q9: 「金融資産の認識中止・移転・継続的関与の詳細」を知りたい?
  → YES: #9 asc860-transfers-and-servicing
  → NO: Q10 へ

Q10: 「相殺表示・開示の詳細」を知りたい?
  → YES: #10 netting
  → NO: fi-flow / fi-map でインタラクティブに探す

インタラクティブな地図は fi-flow(フロー形式)fi-map(マップ形式) から確認できる。

10ピラー再掲(一覧)

#ピラーリンク
1金融商品の範囲・当初認識/financial-instruments-scope-initial-recognition/
2金融資産の分類・測定/ifrs-9-asset-part-2/
3金融負債の分類・測定/financial-liabilities-classification-measurement/
4償却原価・実効金利・条件変更/amortized-cost-effective-interest-modification/
5公正価値測定/asc-820-fair-value/
6減損 ECL/CECL/ecl-cecl-comparison/
7デリバティブ・組込デリバティブ/asc-815-derivatives-hedge/
8ヘッジ会計/ifrs-9-hedge-part-1/
9認識中止・移転・継続的関与/asc860-transfers-and-servicing/
10表示・相殺・開示/netting/

更新履歴

出典

本記事は公認会計士による最終監修前です。一次資料・基準書および専門家による解説をもとに編集部が作成しています。内容の正確性には努めていますが、会計処理の判断にあたっては必ず基準書原文をご確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。

本サイトの内容は執筆者個人の見解であり、執筆者が所属または所属していた組織の公式見解ではありません。会計処理の判断にあたっては、必ず最新の基準書原文を確認し、必要に応じて専門家に相談してください。