公正価値(時価)の測定——出口価格・評価技法・3レベルをどう適用するか
持ち合い株式や政策保有株式を期末に時価評価する、保有する社債やファンドの時価を確かめる、金利スワップの評価損益を計算する——経理・財務の実務でこうした場面に共通して問われるのが、「その時価(公正価値)をどう算定するか」です。取引所で活発に売買される上場株式なら相場価格をそのまま使えますが、市場価格のない非上場株式や特殊なデリバティブはどうするのか。市場が閉まっている時点の時価は何を根拠にするのか——「時価で」と言うのは簡単ですが、その算定には想像以上に踏み込んだルールが定められています。
評価技法やインプットの選択を誤ると、注記の誤りや監査対応の遅れに直結する——この記事は、自社保有の金融資産・負債について「レベル1/2/3のどこに分類すべきか」を自力で判定し、評価根拠の証憑を整え、注記・監査対応まで進めるための実務ガイドです。
この記事を読むと、次のことができるようになります。(1)公正価値ヒエラルキーのレベル1/2/3への判定を判断フローで確認できる。(2)評価技法(マーケット/インカム/コスト)の選択根拠と必要な証憑を把握できる。(3)Day 1損益・NAV簡便法・日本固有の適用範囲という3基準の残存差異を実務に当てはめられる。(4)監査人説明メモの骨子(公正価値測定メモ)を参照できる。
スコープの線引き
この記事が対象とする論点と、別の記事・専門家に委ねる論点を最初に整理します。読者が「自社の状況にこの記事が当てはまるか」を確認するための地図です。
本記事が扱う範囲:公正価値(時価)の定義(出口価格・市場参加者・秩序ある取引)/評価技法(マーケット/インカム/コスト)の選択枠組み/公正価値ヒエラルキー(レベル1/2/3)の判定とその実務的意味/3基準の適用範囲の骨格/3基準の残存差異(Day 1損益・NAV簡便法・日本固有の適用範囲)/確認すべき証憑の枠組み/グレーゾーンの判断軸/開示の骨格。
本記事では扱わない(別記事・専門家に委ねる):
| 委ねる論点 | 委任先 |
|---|---|
| 公正価値オプション(FVO)の詳細・適用判定 | ASC 825 公正価値オプション |
| 日本の時価算定基準の深掘り(投資信託・不動産投信の時価算定) | 時価の算定に関する会計基準(日本基準)(バックログ) |
| 個別資産のバリュエーションモデル構築(DCFモデルの具体的パラメータ設計・PPA等) | 専門家・外部評価機関 |
| 第三者評価機関(pricing service・鑑定機関)の選定・評価の当否 | 専門家判断 |
| 税務上の時価・相続税評価額 | 税務記事(別論点) |
| 減損の兆候判定・減損測定の詳細 | 減損関連記事 |
| 非金融資産の最有効使用の詳細計算(PPA の配分手続) | 非金融資産公正価値記事(バックログ)・専門家 |
入口表:公正価値測定との関係が生じやすい項目
自社のB/S上のどの項目について、この記事の判断フローを使うべきかを確認するための入口表です。下表は「典型的な傾向」であり、各項目の最終的な測定要否は分類区分・適用基準・契約内容によって決まります。個別の判断は読者・専門家が行ってください。
| 項目(B/S上の代表例) | 公正価値測定との関係(典型) | 確認の入口 |
|---|---|---|
| トレーディング目的の有価証券(株式・債券) | 要・継続的に公正価値(FVTPL) | 本記事のレベル判定フロー。変動の行先(PL)は分類・測定 |
| その他有価証券・FVOCI の株式/債券 | 要・公正価値(変動はOCI等) | 本記事のレベル判定フロー。分類は分類・測定 |
| デリバティブ(金利スワップ・為替予約・オプション) | 要・常に公正価値 | 本記事のレベル判定(多くはレベル2)。詳細はデリバティブ |
| 投資信託・ファンドへの出資 | 要・公正価値(US はNAV簡便法の選択余地) | 本記事のレベル判定+グレーゾーン3(NAV簡便法)。日本の投信時価算定は子記事へ |
| 公正価値オプション(FVO)を選択した金融資産・負債 | 要・公正価値 | 本記事のレベル判定。FVOの選択・取消はASC 825 |
| 企業結合で取得した資産・負債(PPA) | 要・取得日の公正価値 | 本記事の評価技法・レベルの枠。PPA配分手続自体は専門家へ |
| 償却原価測定の金融資産(貸付金・満期保有目的債券) | 原則 不要(償却原価。注記で時価開示する場合あり) | 当初認識。注記時価は本記事のレベル概念を援用 |
| 市場価格のない株式等(日本基準) | 対象外(取得原価評価。第10号第19項) | グレーゾーン4(範囲の判断)。本フローは使わない |
| 売掛金・買掛金等の短期債権債務 | 原則 簿価≒時価(公正価値測定の主対象でない) | 本記事の対象外 |
| 子会社・関連会社株式 | 個別は原則 原価(連結・減損は別処理) | 本記事の対象外 |
| 自社使用の有形固定資産・無形資産 | 原則 原価モデル(IFRS再評価モデル等は例外) | 本記事の対象外(最有効使用の概念のみ参照) |
まず結論
この記事は金融商品会計フロー(fi-flow)の#5「公正価値測定」ノードにあたり、#1当初認識・#2分類測定で「公正価値で測る」と決まった資産・負債を、実際にどう測るかの共通基盤を扱います。
3基準(日本基準第30号・IFRS 13・ASC 820)は、公正価値を「出口価格」と定義し、3つの評価技法と3段階のヒエラルキーで測るという枠組みを共有します。IFRS 13 と ASC 820 は2011年の収斂プロジェクト(ASU 2011-04)でほぼ同一になり、日本基準(第30号)はその IFRS 13 を基本的に全て取り入れて2019年に作られました。骨格は3基準で収斂していますが、Day 1損益・NAV簡便法・日本固有の適用範囲という残存差異があり、同じ取引でも会計処理が変わりえます。
読者別の見方
| 読者 | 出発点セクション | 押さえるポイント |
|---|---|---|
| 経理・財務担当者 | スコープの線引き → レベル判定フロー → 証憑 | 自社保有資産のレベル判定→評価技法の選択→証憑の準備→注記ドラフトの流れ。Day 1損益・NAV簡便法が自社に当てはまるかを確認する |
| 監査人・会計士 | グレーゾーン → 公正価値測定メモ骨子 | レベル判定・評価技法・観察可能インプットの根拠が、証憑・評価方針書・注記ドラフトと整合しているかを見る |
| 投資家・財務諸表利用者 | ヒエラルキーと注記の接続 → 3基準の異同 | 公正価値注記(レベル別残高・レベル3調整表)から、時価の見積り依存度と不確実性を読む |
公正価値測定の基本構造
前提概念——出口価格・市場参加者・秩序ある取引
公正価値ヒエラルキーの判定に進む前に、3基準共通の基礎概念を押さえます。
出口価格(exit price)とは、算定日に、市場参加者間の秩序ある取引で「資産を売却して受け取る価格/負債を移転するために支払う価格」です(第30号 第5項/IFRS 13 第9項/ASC 820-10-20)。買うために払う価格(入口価格)ではなく、売る側から見た価格です。身近にたとえれば、いま持っているものを手放すときの査定額(売り手が受け取れる価格)が出口価格であり、買ったときの値段(入口価格)ではありません。
市場参加者とは、互いに独立し、知識を持ち、取引能力があり、自発的に取引する意思のある買手・売手です(IFRS 13 第22項)。公正価値は「その企業にとっての価値」ではなく、市場参加者なら付けるであろう価格で測ります。企業固有の意図や戦略的価値は基礎にしません。
秩序ある取引とは、投売り・強制清算ではない、通常の市場暴露(market exposure)を経た取引です。市場の価格が秩序ある取引を反映していない可能性がある場合(例:市場が活発でない時期の取引、流動性が著しく低下した局面)は、評価技法の使用を検討する必要があります(グレーゾーン5参照)。
この3概念がなぜ重要かを接続層で説明します。なぜ「出口価格」なのかといえば、「入口価格(取得原価)」は企業が実際に払った過去の事実を示すだけで、いま市場に出したら何ドル・何円になるかという現在の経済価値を表しません。市場参加者の視点で統一することで、どの企業が持っていても同じ基準で測れる「普遍的な現在価値」に近づけるのが出口価格の考え方の核心です。
3基準の適用範囲
3基準の適用範囲には差があります(後述の差異③と重なりますが、入口として整理します)。
- 日本基準(第30号) — 適用範囲は金融商品とトレーディング目的で保有する棚卸資産が中心(第3・4項)。「市場価格のない株式等」は企業会計基準第10号 第19項により取得原価で評価され、第30号の適用対象外です。
- IFRS 13:他の基準が公正価値測定を要求または許可するすべての場合に適用。最も広い適用範囲を持ちます(株式報酬 IFRS 2 やリースなど一部は除外)。
- ASC 820:ASC 内の他のトピックが公正価値測定を要求・許可するすべての場合に適用。IFRS 13 と同様に広い。
レベル判定フロー(公正価値ヒエラルキー)
公正価値ヒエラルキーは、測定に使ったインプットの観察可能性に応じて公正価値をレベル1・2・3に区分する仕組みです(第30号 第11項/IFRS 13 第72・76・86項)。観察可能なインプットを最大限に使い、観察できないインプットを最小化するのが原則です。
なぜ3段階に分けるのかという接続層の問いに答えます。レベル3(見積り依存)は「企業の言い値」になるリスクがあります。そのリスクを財務諸表利用者に可視化するために、インプットの観察可能性でレベルを区分し、レベル3には重い開示義務を課す——これがヒエラルキーの経済的合理性です。
以下の判定フローは「exclusion funnel(脱落型)」の構造です。Step 1 の条件に合えばレベル1で確定し、以降のステップには進みません。Step 1 で No になれば Step 2 へ、Step 2 でも No であれば fallthrough でレベル3に確定します。
フロー後の実務ステップ:レベルが確定したら次に何をするかが実務の本体です。確定したレベルに応じて(1)証憑・評価資料の入手と保存、(2)評価技法とインプットの選択の文書化、(3)注記ドラフトの準備——の3点を進めます。詳細は「確認すべき証憑・評価資料」「注記・開示への接続」の各節を参照してください。
評価技法の選び方
公正価値の見積りに使う評価技法は3種類あります(第30号 第8項/IFRS 13 第61項周辺/ASC 820-10-35-24A)。どの技法を選ぶかは、その資産・負債の性質と利用可能なインプットによって決まります。
| 技法 | 概要と経済的意味 | 典型的な適用場面 | 主なインプット例 |
|---|---|---|---|
| マーケット・アプローチ | 同一・類似資産/負債の市場取引価格等を使用。市場が付けた価格をそのまま参照するため、経済実態を最も直接的に反映しやすい | 上場株式、流動性の高い債券、活発な市場の商品 | 取引所価格・ブローカー気配値・pricing service の公表価格・類似会社の株価倍率(EV/EBITDA等) |
| インカム・アプローチ | 将来CFや利益等を現在価値に割り引く。「今手放すとしたら将来の経済価値の現在換算はいくらか」を問うアプローチ | 非上場株式(DCF法)・デリバティブ評価・無形資産 | 将来キャッシュフロー予測・割引率(WACC等)・信用スプレッド |
| コスト・アプローチ | 同等の用役能力を再調達するのに必要な現在の金額(再調達原価)を使用。「同じ機能のものをいま調達するとしたらいくらか」という問い | 有形固定資産の一部・特殊機械(補助的) | 再調達原価・物理的劣化・機能的陳腐化・経済的陳腐化の見積り |
技法選択のポイント:いずれの技法でも、関連する観察可能なインプットを最大限に利用し、観察できないインプットを最小限にすることが求められます。これはレベル判定と直結します——マーケット・アプローチで使うインプットが活発な市場の相場価格であればレベル1、類似資産の価格や観察可能な金利であればレベル2、インカム・アプローチで重要なインプットが見積り(例:非上場株式の長期成長率)であればレベル3の方向に引かれます。複数の技法を状況に応じて併用することも認められますが、その場合も採用した技法とその選択根拠の文書化が必要です。
3基準のレベル定義・評価技法・開示の横断対応表
3基準は骨格で収斂していますが、根拠となる条文番号が異なります。実務では自社に適用する基準の条文を確認します。
| 論点 | 日本基準(企業会計基準第30号) | IFRS 13 | ASC 820 |
|---|---|---|---|
| 公正価値(時価)の定義 | 出口価格(第5項) | 出口価格(第9項) | 出口価格(ASC 820-10-20) |
| 評価技法 | マーケット/インカム/コスト(第8項) | マーケット/インカム/コスト(第61項周辺) | マーケット/コスト/インカム(ASC 820-10-35-24A) |
| レベル1インプット | 活発な市場の同一資産・負債の未調整の相場価格(第11項) | 同左(第72項) | 同左 |
| レベル2インプット | 直接・間接に観察可能(レベル1以外)(第11項) | 同左(第76項) | 同左 |
| レベル3インプット | 観察できないインプット(第11項) | 同左(第86項) | 同左 |
| 開示の骨格 | レベルごとの内訳等の注記 | レベル別残高・評価技法・インプット・レベル3調整表(第91〜99項付近) | 同左(ASC 820-10-50-2。ASU 2018-13で一部簡素化) |
確認すべき証憑・評価資料
レベルが確定したら、次に何の書類のどこを確認するかを整理します。以下は「どの書類を入手するか」の枠のみです。書類の内容の評価・当否の判断は読者・専門家が行います。
レベル1判定時の確認資料
| 確認対象書類 | 参照ポイント | 目的 |
|---|---|---|
| 取引所価格データ(Bloomberg/Reuters等のデータフィード) | 算定日の終値・出来高・売買数量。市場が「活発」かの確認(取引頻度・流動性) | レベル1の要件(活発な市場・未調整の相場価格)の裏付け |
| 有価証券管理台帳・保有証明書 | 銘柄・保有数量・保有形態(直接保有かカストディ経由か) | 評価対象の特定と保有数量の確認 |
レベル2判定時の確認資料
| 確認対象書類 | 参照ポイント | 目的 |
|---|---|---|
| Pricing service の評価報告書(Bloomberg Valuation・Markit等) | 評価日・評価手法・使用したインプット(金利・スプレッド・OAS等)・評価値の概要 | 観察可能インプットの存在と内容の確認。レベル2 or 3の判断の起点 |
| ブローカー気配値(dealer quotes) | 気配値の提供者数・提供日・気配値の種類(indicative か firm か) | 観察可能インプットとして使用できるかの確認 |
| 市場金利・スワップレートのデータ(LIBOR移行後はSOFR等) | 算定日のタームストラクチャー・使用している基準金利の種類 | インカム・アプローチのインプットの観察可能性の確認 |
レベル3判定時の確認資料(評価モデルを使用する場合)
レベル3は特に証憑の厚みが求められます。監査対応の観点でも、以下の4書類を中心に準備します。
| 確認対象書類 | 参照ポイント | 目的 |
|---|---|---|
| 評価方針書・評価モデル文書(内部または外部評価機関作成) | 評価技法の選択根拠・使用したインプットの一覧(観察可能/観察不能の区分)・承認プロセス | レベル3評価の根拠の文書化。監査人説明の核 |
| 外部評価機関の評価報告書(Third-party valuation firm) | 評価方法・主要な仮定(成長率・割引率・出口マルチプル)・感応度分析の結果 | 評価技法・インプットの選択の妥当性確認。感応度の注記ドラフトの基礎 |
| 事業計画・CFO承認済み予算(DCF法の基礎として使用する場合) | 予測期間・成長率・EBITDAマージン等の主要仮定・承認日 | インカム・アプローチの将来CF予測の根拠の確認 |
| 前期との変動説明資料(レベル3調整表のドラフト) | 期首残高・購入/売却/発行/決済・未実現評価損益・実現評価損益・レベル間移行・期末残高 | レベル3の調整表(ロールフォワード)注記の裏付け |
NAV簡便法(ASC 820適用の場合)の確認資料
| 確認対象書類 | 参照ポイント | 目的 |
|---|---|---|
| ファンドのNAVステートメント(運用会社発行) | 算定日・1口当たりNAV・ファンドの純資産総額・ファンドの種類 | NAV簡便法の適用要件(ASC 820-10-35-59)の確認 |
| ファンド組成書類・LP協定 | 解約制限・換金条件・ゲート条項・ロックアップ期間 | NAV簡便法の適用可否・NAVの調整要否・注記の追加検討事項(換金制限・ロックアップ・ゲート条項の有無) |
日本基準:市場価格のない株式等の判断資料
| 確認対象書類 | 参照ポイント | 目的 |
|---|---|---|
| 発行会社の概要・取引市場への上場状況確認 | 上場・店頭公開・非上場の別。非上場でも市場性のある気配値があるか否か | 企業会計基準第10号第19項の「市場価格のない株式等」への該当非該当の起点 |
| 会計方針書(時価算定基準の適用方針) | 第30号の適用対象とする金融商品の範囲の明示 | 日本基準の適用範囲(第3・4項)と適用除外の社内ルールの確認 |
グレーゾーンの考え方
実務で判断が分かれやすい5つの論点を整理します。各論点について「どの事実があればどちらに倒れるか」という判断軸を示します。最終的な個別判断は読者・専門家が行ってください。
グレーゾーン1:レベル2とレベル3の境界(「重要な」観察不能インプット)
どの場面で顕在化するか:インカム・アプローチ(DCF法)を使う場合、割引率の一部が観察可能な金利・スプレッドで構成される一方、将来CF予測や特定のリスクプレミアムが観察不能の見積りを含む場合。
どの事実でどちらに倒れるか:
- レベル2の方向:重要なインプット(評価額への影響が大きいインプット)が観察可能な市場データで構成されている。観察不能の仮定が補助的・軽微である。
- レベル3の方向:重要なインプット(例:DCFの長期成長率・非上場株式の割引率のリスクプレミアム)が観察不能の仮定に依存している。評価額の感応度が観察不能インプットに対して高い。
判断の枠組み:「重要性」の判定は特定の一インプットではなく、「全体の公正価値測定における影響度」で行います。感応度分析を実施し、観察不能インプットを合理的に変動させたときに評価額が重要に変動するかが一つの判断軸です(IFRS 13 第86項・ASC 820-10-35 付近)。感応度分析の結果は証憑として保存し、注記の感応度開示にも活用します。
グレーゾーン2:Day 1損益の繰延/即時認識(IFRS 9適用時)
どの場面で顕在化するか:IFRS 9が適用される金融商品で、取引価格と評価技法による公正価値が一致しない場合(例:非流動性資産・関係会社間取引・仕組み商品)。
どの事実でどちらに倒れるか(IFRS 9適用時):
- 即時認識の方向:公正価値の算定が活発な市場の相場価格(レベル1)または観察可能な市場データのみを使用する評価技法(レベル2の観察可能インプットのみ)で裏付けられる場合(IFRS 9 B5.1.2A系)。
- 繰延の方向:上記以外。観察不能インプット(レベル3の見積り)を含む評価技法を使っている場合は、差額を当初認識時に認識せず、観察可能な市場データが得られた時点(または契約のCF回収完了時等)に認識する。
US GAAPとの対比:ASC 820は原則即時認識。同じ取引でもIFRSとUS GAAPで認識タイミングが異なりえます(詳細は設例ケース2)。
日本基準の扱い:日本基準は「取引価格での当初認識が基本」と整理でき、観察できないインプットに依存する評価益を当初認識時に即時計上することは一般に想定されにくいと考えられます。
グレーゾーン3:NAV簡便法の適用可否(IFRS 13不可・ASC 820可)
どの場面で顕在化するか:ファンドへの投資を持ち、NAVで公正価値を代用できるかを判断する場面。
どの事実でどちらに倒れるか:
- 適用できる方向(ASC 820適用時):対象がスコープ内の投資(投資会社等=ASC 946 が算定するNAVを持つ投資)であり、そのNAVがASC 946の測定原則と整合して測定日現在で算定されていること(ASC 820-10-35-59)。なお、NAV簡便法を適用した投資はヒエラルキー(レベル1/2/3)の外側で別表示します。
- 適用できない方向:IFRS 13を適用している場合(IFRS 13にNAV簡便法の規定なし)。
- 追加の検討事項:換金制限・ロックアップ・ゲート条項は、NAV簡便法の適用可否・NAVの調整要否・注記での開示の観点で別途検討します(これらの有無が適用の単純な必須条件というわけではありません)。
日本基準は、投資信託について適用指針第31号(2021年改正、第24-2〜24-12項)で別途の時価算定規定を設けています(ASC 820のNAV簡便法との詳細な異同は子記事へ委任)。具体的な対比は「設例」ケース3を参照してください。
グレーゾーン4:日本基準の「市場価格のない株式等」の範囲
どの場面で顕在化するか:非上場であっても、OTC(店頭)取引や私的配置市場で気配値が存在する場合、「市場価格のない株式等」(企業会計基準第10号第19項)に当たるかどうか。
どの事実でどちらに倒れるか:
- 「市場価格のない株式等」に当たる方向:取引所に上場がなく、店頭やその他の市場での活発な取引・気配値も存在しない非上場株式。
- 時価算定基準(第30号)が適用される方向:OTC等で気配値(観察可能なインプット)が継続的に存在し、評価技法で公正価値を算定できる状況であれば、時価算定の対象となりうると考えられます。
グレーゾーン5:非活発な市場の判定(秩序ある取引か投売りか)
どの場面で顕在化するか:市場は存在するが、取引頻度が著しく低下した場合(金融危機時などのストレス局面)。その価格が「秩序ある取引」を反映しているか「投売り」かの判断が必要になります。
どの事実でどちらに倒れるか:
- 価格をそのまま使う方向(秩序ある取引と判断):市場での取引は減少しているが、相手方が情報を持ち自発的に取引している証拠がある。
- 調整が必要・参考にとどめる方向(強制清算・投売りと判断):売り手が流動性逼迫を理由に売却を余儀なくされている証拠がある。その場合は評価技法によるアプローチ(インカム等)への切り替えを検討する(IFRS 13 の「秩序ある取引」の定義・ASC 820 の規定)。
2008年の金融危機後、「mark-to-marketは時価を歪める」という論争が起きた背景には、非活発な市場での投売り価格をそのまま時価として使うことへの問題提起がありました。この経験が、評価技法の使用を認め開示を強化する方向での基準整備につながっています。
公正価値測定メモ・監査証跡の骨子
「公正価値測定メモ」は、レベル判定根拠・評価技法・インプット選択・感応度・注記との整合を証跡化するための文書です。各欄は枠のみです——個別の評価内容の記載は読者・専門家が行います。
【公正価値(時価)評価 監査人説明メモ】
1. 評価対象の概要
- 資産・負債の種類・残高・適用基準(日本基準/IFRS/US GAAP)
- 算定日・評価実施者(内部 or 外部評価機関)
2. 適用範囲の確認
- 適用基準の公正価値測定の対象か(日本基準の場合:市場価格のない株式等への
該当非該当の確認)
- 適用除外(株式報酬・リース等)への非該当の確認
3. レベル判定の根拠
- 採用したレベル(1/2/3)とその理由
- 活発な市場の存在の有無(レベル1への該当の確認)
- 観察可能インプットの特定(レベル2への該当の確認)
- 重要な観察不能インプットがある場合の特定(レベル3への該当の根拠)
4. 評価技法とインプットの選択根拠
- 採用した評価技法(マーケット/インカム/コスト)の選択理由
- 主要なインプットの一覧(観察可能/観察不能の区分を含む)
- インプットの出所(pricing service・ブローカー気配値・内部見積り等)
- 根拠資料の一覧(資料名・入手日・算定日との時点差異の確認)
5. 前期比較・変動の説明
- 評価額の前期比変動とその要因(レベル変動の有無・評価技法の変更の有無)
- レベル3の場合:期中変動の要因(購入/売却/未実現損益/レベル間移行)の説明
6. 感応度分析(レベル3の場合)
- 主要な観察不能インプットを合理的に変動させた場合の評価額への影響
- 影響範囲とその根拠
7. Day 1損益が生じる場合(IFRS/US GAAP適用時)
- 取引価格と公正価値の差額の根拠
- 繰延 or 即時認識の判断根拠(観察可能インプットで裏付けられるか否か)
- 繰延の場合:解除のタイミングと残高
8. 注記との整合確認
- 注記のレベル別残高が評価額と一致しているか
- 採用した評価技法・インプットが注記と一致しているか
- レベル3調整表の各行(購入・売却・未実現損益等)が評価記録と一致しているか
9. 適用した基準・主要な項番号
- (該当する基準書・項番号を記録)
10. 確認した書類一覧
- (資料名・算定日・入手日・担当者)
11. 判断者・確認者・確認日
この骨子の各欄は、前節「確認すべき証憑・評価資料」で示した書類から情報を埋めていきます。特にレベル3の場合は欄3・4・5・6が監査対応の核になります。
設例
公正価値測定の勘所は「どのレベルか」「当初認識時の差額(Day 1損益)をどう扱うか」「基準ごとにNAVの扱いがどう変わるか」の3点です。金額の単位は円。説明用の数値例です。
ケース1:レベル判定の具体例(3資産の並列判定)
前提条件
- 決算日:2025年3月31日
- 評価対象:以下の3資産(すべて金融資産として保有)
- 資産A:東証プライム上場株式 1,000株、1株当たり取引所終値 500円
- 資産B:非上場の社債(国内企業発行)、額面 100,000円。類似銘柄の市場価格と観察可能な信用スプレッドを使うpricing serviceによる評価あり
- 資産C:非上場株式、取得原価 50,000円。評価にはDCF法を使用し、将来CF予測と割引率(リスクプレミアム含む)は内部見積り
判定結果と根拠
| 資産 | レベル | 判定根拠 | 主な証憑 | 公正価値 |
|---|---|---|---|---|
| 資産A(上場株式) | レベル1 | 東証プライムの活発な市場に同一銘柄の調整なしの相場価格が存在する | 取引所価格データ(終値500円)・保有数量証明 | 500,000円(500円×1,000株) |
| 資産B(非上場社債) | レベル2 | 同一資産の相場価格はないが、類似銘柄の市場価格と観察可能な信用スプレッドという観察可能インプットが支配的。重要なインプットに観察不能なものはない | Pricing service評価報告書・使用インプット(金利・スプレッド)のデータ | (pricing service算定額、設例では98,000円と仮定) |
| 資産C(非上場株式DCF) | レベル3 | 将来CFの予測・リスクプレミアムを含む割引率という観察不能インプットが重要な影響を持つ。DCF法の評価額は見積りに大きく依存する | 評価方針書・承認済み事業計画・感応度分析・レベル3調整表ドラフト | (DCF算定額、設例では60,000円と仮定) |
注記への接続:各資産はレベル別に分類して注記(レベル別残高の合計=500,000円 + 98,000円 + 60,000円)。資産Cはレベル3のため、期中変動(期首残高・購入・未実現損益・期末残高)の調整表(ロールフォワード)、評価技法・主要インプット、感応度分析(割引率を1%変動させると評価額がおよそいくら変わるか等)の開示が追加で必要になります。
ケース2:Day 1損益(取引価格と公正価値の差)
前提条件
- ある仕組み金融商品を取引価格 100,000円で取得した
- この商品は、適用する会計基準により当初認識から公正価値で測定することが求められる
- 当初認識時、評価技法(インカム・アプローチ)による公正価値は 110,000円と算定された
- ただし、その算定は観察可能な市場データのみでは裏付けられない(長期CF予測等の観察不能インプットを含む)
仕訳対比(単位:円)
IFRSの処理(IFRS 9適用、金融資産):観察可能インプットで裏付けられないため、差額10,000円(Day 1利益)は即時認識しない。当初認識は取引価格100,000円で行う。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 金融商品 | 100,000 | 現金 | 100,000 |
(借方合計100,000円=貸方合計100,000円)
差額10,000円は繰延として管理し、その後観察可能な市場データが得られた時点または契約上のCFが回収される時点等に認識します。
US GAAPの処理(ASC 820適用):当初認識は公正価値110,000円で行い、差額10,000円を即時にP&Lへ認識する。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 金融商品 | 110,000 | 現金 | 100,000 |
| (空白) | 評価損益〔P&L〕 | 10,000 |
(借方合計110,000円=貸方合計110,000円)
日本基準の処理:取引価格での当初認識が基本的な考え方です。当初認識は取引価格100,000円で計上し、見た目はIFRSの繰延処理と同じになります。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 金融商品 | 100,000 | 現金 | 100,000 |
(借方合計100,000円=貸方合計100,000円)
同じ取得でも、当初認識時に利益10,000円を出すか出さないかが基準で変わりえる——公正価値が観察可能なデータで裏付けられるか(レベル1・2か、レベル3寄りか)が分岐点です。
ケース3:NAV簡便法 × IFRS対比ミニケース(仕訳なし)
前提条件
- 同一のプライベート・エクイティ・ファンドへの出資(1口当たりNAV:1,000,000円)
- 運用会社から算定日のNAVステートメントを入手済み
- ファンドは投資会社(ASC 946)として分類されるエンティティ(US GAAP適用時の場合)
- ファンドのNAVは、ASC 946の測定原則と整合して算定日現在で算定されている(NAVステートメントで確認済み)
US GAAPでの扱い(ASC 820-10-35-59 NAV簡便法):ファンドが投資会社(ASC 946)に該当し、そのNAVがASC 946の測定原則と整合して測定日現在で算定されている場合、1口当たりNAV(1,000,000円)を公正価値の代用として使用できます(NAV簡便法)。評価の説明は「NAV practical expedient を適用。算定日のNAVステートメントに基づき1口当たり1,000,000円を公正価値とした」となります。注記では使用したNAVの金額・ファンドの種類・換金制限やロックアップ・ゲート条項の有無を開示します(ASC 820-10-50-6A)。NAV簡便法を適用した投資はヒエラルキー(レベル1/2/3)の外側で別表示します(換金制限・ロックアップ・ゲート条項は、適用可否・NAVの調整要否・注記の追加検討事項です)。
IFRSでの扱い(IFRS 13。NAV簡便法なし):IFRS 13にNAV簡便法の規定はありません(IASBは国ごとのNAV算定実務の多様性を理由に採用を見送りました)。同じファンドへの出資でも、IFRS 13の一般原則に従ってレベル判定と評価技法の選択を行う必要があります。評価の説明は「ファンドのNAVをインプットの一つとして用い、ファンドの透明性・換金可能性・裏付け資料に応じてレベル2またはレベル3を判定する。NAVは市場参加者間の秩序ある取引での出口価格の推計として用いる」等となります。注記ではレベル別残高・評価技法・インプットの開示が必要です。
差異の要点:同一のファンドへの出資でも、US GAAPではNAV簡便法によりレベル分類を行わず簡略な開示に済む一方、IFRSでは一般原則でレベルを判定し評価の説明と標準的な注記開示が必要になります。経理・財務担当者が準備する書類の量と注記の記載内容が変わります。この違いは、日本法人がUS GAAPと IFRS の両方で財務諸表を作成する場合などに注意が必要です。
注記・開示への接続
レベル判定フローとグレーゾーンの判断は、最終的に注記・開示の内容に帰結します。レベルが確定したら、対応する注記項目を準備します。
| 注記項目 | 対応するフロー・判断の帰結 | 3基準での扱い |
|---|---|---|
| 公正価値ヒエラルキーのレベル別残高(レベル1/2/3の合計) | レベル判定フローの確定結果 | 3基準共通の骨格 |
| 採用した評価技法(資産・負債の種類別) | 評価技法選択の証憑に基づく | 3基準共通の骨格 |
| 重要なインプット(観察可能・観察不能の区分) | グレーゾーン1(レベル2/3の境界)の帰結 | 3基準共通の骨格 |
| レベル3の期中変動(調整表:購入・売却・未実現損益・移行) | レベル3資産のロールフォワード管理 | 3基準共通の骨格。詳細の開示項目はASU 2018-13で一部簡素化されています |
| 感応度分析(レベル3の観察不能インプットの合理的変動による影響) | グレーゾーン1の感応度分析の結果 | 3基準で同一ではない。IFRS 13はレベル3金融商品に定量的な感応度分析を要求。US GAAPはASU 2018-13後に開示が一部簡素化され、要求の範囲が異なる |
| NAV簡便法を使用した投資の種類・金額・解約制限 | グレーゾーン3(NAV簡便法の適用可否)の帰結 | ASC 820(ASC 820-10-50-6A)のみ。IFRSは対象外 |
開示のなぜ:なぜレベル3には調整表や感応度まで求められるのかという接続層の問いです。レベル3は観察できない仮定に依存する分だけ「企業の言い値」に見えるリスクがあります。調整表は「その企業の見積りが期間中にどう動いたか」を追跡可能にし、感応度分析は「仮定が少し変われば評価額がどう変わるか」を示します。財務諸表利用者が評価の不確実性を自分で判断できる情報を提供するため、レベル3の開示は最も手厚い設計になっています。
3基準の異同(残存差異)
骨格は収斂していますが、残った差異が実務で効いてきます。
差異①:Day 1損益
当初認識時、取引価格と評価技法で算定した公正価値が一致しないことがあります。この差額(Day 1損益)の扱いが分かれます。
- IFRS(金融商品はIFRS 9が適用):公正価値が活発な市場の相場価格または観察可能な市場データのみで裏付けられる場合に限って差額を即時認識。そうでなければ繰り延べます。「観察できない仮定に頼った初日の利益を早期に計上するのは保守的でない」という判断が背景です。
- US GAAP(ASC 820):当初認識を公正価値で行う場面で取引価格が公正価値を表さないとき、差額を即時にP&Lへ認識するのが原則です。
- 日本基準:取引価格での当初認識が基本的な考え方です(Day 1損益に相当する明確な規定は置かれていません)。
差異②:NAV簡便法(純資産価値の簡便法)
ASC 820は、投資会社(ASC 946適用)等への投資について、1口当たり純資産価値(NAV)を公正価値の代用として使える実務的簡便法を持ちます(ASC 820-10-35-59)。IFRS 13にこれに相当する規定はありません。IASBは、NAVの算定実務が国やファンドの種類によって多様で統一的な簡便法を設けにくいことを理由に採用を見送りました。日本基準は適用指針第31号(2021年改正)で投資信託の時価算定規定を別途設けています(第24-2〜24-12項。ASC 820のNAV簡便法との詳細な異同は子記事へ)。
差異③:日本固有の適用範囲(市場価格のない株式等)
日本基準は、「市場価格のない株式等」を企業会計基準第10号 第19項により取得原価で評価し、時価算定基準(第30号)の適用対象外にしています。IFRS 13・ASC 820では同様の適用除外はなく(IFRSでは市場価格のないEquityも原則FVTPL、US GAAPではASC 321に別途の測定代替手段)、非上場株式の扱いに差が生じます。
最有効使用(HBU)——IFRS・US はほぼ共通
非金融資産の公正価値測定は「最有効使用(highest and best use)」——物理的に可能・法的に許容・財務的に実行可能な使用のうち価値が最大になる使い方——を前提に測ります。これはIFRS 13(第27〜30項。現在の使用が最有効使用であることは第29項の反証可能な推定)とASC 820でほぼ共通です。IFRS・US間で実質的な差はない点を確認します。日本基準(第30号)は主に金融商品を念頭に置く設計のため、非金融資産の最有効使用は前面に出ません——これはIFRS・US間の差ではなく、日本基準の適用範囲の問題です。
この論点の歴史的経緯——なぜ3基準が収斂し、どこに差が残ったか
公正価値測定が独立した基準として整理されたのは比較的最近です。それまで「公正価値で測れ」という規定は各基準に散らばっていましたが、「公正価値とは何か」「どう測るか」が統一されていませんでした——この空白が、基準横断での比較可能性を損ない、特に金融危機時の損失認識に関する論争を生む一因になりました。
米国が先行しました。FASBは2006年にSFAS 157「公正価値測定」を公表し、公正価値を出口価格と定義し、3段階のヒエラルキーを導入しました(後にASC 820へコーディフィケーション)。2008年の金融危機で、活発でない市場における公正価値測定(特にレベル3の見積り)が損失認識のタイミングを左右し、測定と開示のルールをいっそう精緻化する原動力になりました。
国際的な収斂が次の節目です。FASBとIASBは共同プロジェクトを進め、2011年5月にIFRS 13とASU 2011-04を同時公表しました。これにより、米国基準とIFRSの公正価値測定・開示の要件は「大部分において同一(largely identical)」になりました。収斂の成果として出口価格の定義・評価技法・ヒエラルキーが世界的にそろいましたが、Day 1損益とNAV簡便法の差異は意図的に残されました。
日本はこの到達点を取り込みました。ASBJは2019年7月に企業会計基準第30号を新設し、IFRS 13の定めを基本的に全て取り入れる方針で開発しました(2021年4月1日以後開始事業年度から適用)。第30号は「国際的整合」を狙って時価の算定方法を体系化したもので、3基準の骨格が実質的に同一になった理由はここにあります。
実務上の注意点
「時価」と「公正価値」は同じ概念を指す
日本基準は “fair value” の訳語として「時価」を用い、基準名も「時価の算定に関する会計基準」です。IFRS・US GAAPの文脈では「公正価値」と呼ぶのが一般的ですが、指している概念(出口価格)は同じです。社内資料や注記で用語が混在しても、出口価格という中身は3基準共通です。
レベル3が増えると開示負担が増える
公正価値ヒエラルキーは、測定の確からしさのシグナルであると同時に、開示負担の重さの指標です。レベル3(観察できないインプット)が多いほど、評価技法・インプット・レベル3の期中変動(調整表)・感応度分析などの注記が増えます。保有資産の時価がどのレベルに落ちるかは、決算実務の作業量にも直結します。
収斂していても「同じ」で済ませない
IFRS 13とASC 820は「大部分において同一」ですが、Day 1損益・NAV簡便法に差異が残ります(非金融資産の最有効使用はIFRS・USでほぼ共通です)。複数基準で財務諸表を作る場合、これらの差異が同じ取引で異なる金額・開示を生むため、基準別に取扱いを確認する必要があります。
日本基準は適用範囲を確認する
日本基準(第30号)は金融商品・トレーディング目的の棚卸資産が中心で、「市場価格のない株式等」は取得原価のまま(第10号第19項)です。IFRS・US GAAPの感覚で「すべて公正価値」と考えると、日本基準では適用対象外の項目があることに注意します。
よくある疑問・誤解
疑問1:公正価値(時価)と取得原価・簿価は何が違うのか
取得原価は「買ったときに払った価格(入口価格)」、公正価値は「算定日に売るなら受け取る価格(出口価格)」です。公正価値は算定日ごとに測り直す現在の価格であり、過去の取得時点で固定される取得原価とは時点も視点(売る側か買う側か)も異なります。どの資産を公正価値で測るか自体は、各々の会計基準(金融商品・有価証券など)が定め、本基準は「測ると決まったものをどう測るか」を担います。
疑問2:レベル3だと評価が信用できない、ということか
そうではありません。レベル3は「観察できないインプット(企業の見積り)に依存する」という意味で、評価が誤りという意味ではありません。市場が存在しない資産は、合理的な仮定に基づく見積りで測るほかなく、その代わりに評価技法・インプット・感応度などの開示が手厚く求められます。レベルは「確からしさのシグナル」であって「良し悪し」ではありません。
誤解1:3基準は収斂したので完全に同じだ
誤りです。IFRS 13とASC 820は「大部分において同一」ですが、Day 1損益(IFRSは繰延・USは即時)やNAV簡便法(ASCのみ)など、意図的に残された差異があります。日本基準もIFRS 13を基本的に全て取り入れたものの、適用範囲(金融商品・棚卸資産中心、市場価格のない株式等は対象外)が異なります。「ほぼ同じ」と「同じ」は区別します。
疑問3:NAV(純資産価値)で評価してよいのはどの基準か
US GAAP(ASC 820)です。投資会社等への投資について、1口当たり純資産価値(NAV)を公正価値の代用とする実務的簡便法が認められています(ASC 820-10-35-59)。IFRS 13にはこの簡便法がありません。日本基準は、投資信託について適用指針第31号(2021年改正)で別途の時価算定の取扱いを定めています(詳細は子記事へ)。
疑問4:レベルが途中で変わった場合はどうなるか
いわゆる「レベル間移行」が生じます。たとえば市場の流動性が低下して、レベル2で評価していた債券がレベル3に移行する場合(またはその逆)、その移行は注記の調整表(ロールフォワード)で開示が求められます。評価額そのものが変わるわけではなく、インプットの観察可能性が変わったことを反映して分類が変わります。移行した期の変動要因として注記に記載し、財務諸表利用者が「なぜレベルが変わったか」を追えるようにすることが開示の目的です。
疑問5:公正価値測定は非金融資産にも使うのか
使います——ただし基準によって適用範囲が異なります。IFRS 13とASC 820は非金融資産(土地・設備・無形資産等)にも公正価値測定を適用し、「最有効使用(highest and best use)」の概念が登場します。日本基準(第30号)は主に金融商品・棚卸資産が対象で、非金融資産の最有効使用は前面に出ません。企業結合における資産・負債の取得日公正価値(PPA)や、減損計算における回収可能価額の算定でも公正価値の概念が使われますが、本記事は測定の一般枠組みに集中し、PPA等の詳細は専門家に委ねています。
次に読む記事
| 論点 | 記事 | なぜ次に読むか |
|---|---|---|
| 公正価値測定の前提:金融商品の当初認識 | 金融商品のスコープ・当初認識 | 当初認識の時点で公正価値をどう使うかの入口。本記事(#5)の前段(#1)にあたる |
| 金融資産の分類・測定(FVTPL/FVOCI/償却原価) | 金融資産の分類・測定(IFRS 9) | 公正価値で測定した後の変動がPL/OCIのどちらに行くか(本記事の前方#2)を整理できる |
| デリバティブ・組込デリバティブ | デリバティブ・ヘッジ会計 | デリバティブの公正価値測定の応用(本記事の前方#7)。レベル2の典型資産を詳細に見る |
| 認識の中止・移転とサービシング | 金融資産の認識中止・移転 | 認識中止時の公正価値測定(本記事の前方#9)。本記事のレベル概念が応用される場面 |
| 公正価値オプション(FVO)の詳細 | ASC 825 公正価値オプション | FVOの選択・取消・開示の詳細。本記事では扱わなかったFVO固有の論点 |
更新履歴
- 2026-06-08:practice+identification型へ全面再構成。入口表(公正価値測定との関係が生じやすい項目)・レベル判定フロー(exclusion funnel型StepFlow)・確認すべき証憑/評価資料節(レベル別・NAV簡便法・日本基準の4カテゴリ)・グレーゾーン独立節(5論点)・公正価値測定メモ骨子(11項目)・設例ケース3(NAV簡便法×IFRS対比ミニケース)・注記接続表・読後アクション(次に読む記事)を新設。歴史的経緯を接続層として後半へ移動。読者別の見方を経理担当者/監査人・会計士/投資家に更新。スコープの線引き節を冒頭に追加。
- 2026-06-06:US GAAP(ASC 820)単独の解説から、日本基準(企業会計基準第30号)・IFRS 13・US GAAP(ASC 820)を横断する総論ピラーへ全面改訂。出口価格・評価技法・公正価値ヒエラルキーの共通枠組みと、収斂後の残存差異(Day 1損益・NAV簡便法・日本固有の適用範囲)、概念設例を整理。
出典
本記事は公認会計士による最終監修前です。一次資料・基準書および専門家による解説をもとに編集部が作成しています。内容の正確性には努めていますが、会計処理の判断にあたっては必ず基準書原文をご確認のうえ、必要に応じて専門家にご相談ください。
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